城跡の地図
神辺城
別名 黄葉山城、楓山城、麓城
所在地 福山市神辺町川北
遺構等 曲輪、石垣、井戸、堀切、碑、説明板
現状 吉野山公園
築城年 建武2(1335)
築城者 朝山次郎左衛門景連
歴代城主 朝山、山名、毛利、福島
形式 山城(比110m)
訪城日 2005/11/26
【道案内】


【感想・メモ】
かんなべじょう
【歴史】
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井戸
堀切
JR福塩線「神辺駅」から東へ約750m。神辺駅東側の「神辺駅入口」信号で国道313号が右折となるので、右折して国道313号をキープします。そこから500m程行った「天別豊姫神社前」信号を過ぎて300m程行った1本目の路地を右折します。(右折する所に吉野山公園の案内が出ています)200m程東進した3本目の路地を右折して道なりに上がって行くと、正面にお城の説明板がある広いスペースに出ます。ここが駐車場で目の前が城跡です。
公園には歴史民族資料館もあります。駐車場からすぐ橋がありますが、ここは堀切。思わず橋の下へ行って堀切の深さを実感しました。城跡は草木がはらってあるおかげで切岸がくっきり見えます。おかげで高さと曲輪の形状が明確に分かり、スッゴーイと感動。本丸には説明板があり、その下の曲輪には井戸跡もありました。とにかく見やすくて分かりやすい上に、眺望も良いので、スカーッとした気分になれるお城でした。
建武2年(1335)、朝山景連が築城した。天文17年(1548)、城主・杉原忠興が大内氏から尼子氏へ寝返ったため、大内義隆の重臣・陶隆房に攻められ落城した。その後、杉原忠興は毛利元就に従い再び神辺城主となるが、永禄7年(1564)毛利元就の7男・元康が城主となった。慶長5年(1600)、関ヶ原合戦の功により広島城主となった福島正則の所領となり、城代が置かれた。元和5年(1619)、福島氏改易後、大和郡山から水野勝成が入城したが、福山城築城に伴い廃城となった。