城跡の地図
【道案内】
揖斐城
揖斐小学校の東側道路を250m程北上して左折し(道路に一心寺の案内あり)、100m程北上して左折します。その後、道なりに細い道を進み、700m程先で「白山神社」を過ぎ、更に600m程進むと「一心寺」で道は終点となります。この「一心寺」から登ります。道路終点がお寺の駐車場となっています。


井戸
別名
所在地 岐阜県揖斐川町三輪北新町
遺構等 曲輪、竪掘、堀切、虎口、土橋、井戸、碑、説明板
現状 城台山公園
築城年 興国4(1343)
築城者 土岐(揖斐)頼雄
歴代城主 揖斐氏
形式 山城(寺から比120m、標223m)
一心寺から本丸まで約15分
訪城日 2010/9 感想
【感想・メモ】
いびじょう
【歴史】
お寺から12分も登れば城跡です。途中、白山神社の小さな祠が祀ってある所の段郭を過ぎると南の丸で、一心寺を開基した方の碑があります。その上が本丸で城址碑があります。その奥は枡形虎口や土橋を通って二の丸となり、曲輪を1つ隔てて三の丸、出丸、北の丸、搦手曲輪とあり、その奥の堀切の向こうに説明板がありました。広い城域で、整備されていて見やすいです。井戸へは本丸南か三の丸東から行き来できるので、竪掘を見ながら寄りました。少し大きめな井戸です。本丸以外に、一心寺の「城台観世音菩薩」の前にも城址碑がひっそりあります。
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興国4年(1343)、土岐頼雄が築城し、揖斐氏を称した。以後、詮頼・友雄・基春・基信と揖斐氏が居城した。その後、土岐政房の子・光親を養子として迎えた。天文16年(1547)、斉藤道三が大桑城の土岐氏を攻めた後、光親が守る揖斐城を攻撃し落城した。