城跡の地図
【歴史】
千代ヶ岡陣屋
別名 千代ヶ岱陣屋、津軽陣屋
所在地 函館市中島町、千代台町
遺構等 中島小学校、千代台公園
現状 説明板
築城年 文化5年(1808)
築城者 仙台藩
歴代城主 仙台藩、津軽藩
形式 陣屋
訪城日 2008/7
中島小学校の北東に陸上競技場がありますが、この南西隅に説明板があります。じっくり歩いて回れば、土塁の痕跡ぐらいあるのだろうか?
【感想・メモ】


【道案内】
ちよがおかじんや
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中島小学校周辺が陣屋跡です。
文化5年(1808)、幕府から蝦夷地(北海道)の警備を命じられた仙台藩が、択捉などの出張陣屋の元陣屋として、現在の中島小学校付近から千代台公園野球場にかけての丘陵地帯に、東西約130m、南北約150mの土塁を築き、陣屋を置いたのが始まりである。安政2年(1855)、幕府が津軽藩に対して西は乙部から神威岬まで、東は箱館から恵山岬までの警備を命じたため、津軽班は出張陣屋を寿都に設け、ここを元陣屋として受け持ったため、津軽陣屋、または地名から千代ヶ岡陣屋とも呼ばれた。明治元年(1868)10月、道南一帯を掌握した榎本武揚率いる旧幕府軍が五稜郭を本拠に弁天台場や津軽藩が引き上げて空塁になっていた千代ヶ岡に兵を配置したが、明治2年5月16日、新政府軍の総攻撃により守将中島三郎助らは壮烈な最期を遂げ、この陣屋は陥落した。(現地説明板参照)