清水山城 |
別名 | |
所在地 | 福井市(清水町)清水山町 |
遺構等 | 曲輪、空堀、碑、説明板 |
現状 | 毘沙門神社 |
築城年 | |
築城者 | |
歴代城主 | |
形式 | 平山城 |
訪城日 | 2005/9/25 |
しみずやまじょう |
県道32号を西進して、「清水山橋」で日野川を渡ります。渡り終わって坂を下りながら左カーブし、300m程行ったら左折します。100m程東進して、堤防へ上がる道の手前に左へ入る細い道があります。ここを左折し少し北上すると、右手に「毘沙門神社」があります。この付近一帯が城跡です。場所としては、「清水山橋」の200m程南、すぐ東側に川が流れており、下側に昔ながらの住宅地がある中となります。最後の集落の中の道は狭いので、車で入らない方がいいと思います。 |
毘沙門天が祀られた神社が主郭で、城址碑と説明板がありました。すぐ横に民家があり、そこも城域で、以前はもっと川の方に張り出した地形だったようですが、堤防工事などで改変され、東半分は河川敷になったようです。今は、細い路地の中を通った民家の中にひっそりとあり、見つけた時はちょっとびっくりしました。神社の周囲に堀も残っていますが、すごい藪で入れませんでした。 |
築城時期は不明だが、この地は古代から日野川の水運を押さえる交通・軍事上の要所であり、文明11〜12年(1479-80)斯波氏と朝倉氏が越前の支配を巡って戦った場所である。城主・太田美作守は朝倉氏に支配を認めず蜂起したが、朝倉氏の攻撃に太田美作守は自刃し 清水山城は落城した。 |
城址碑と説明板 |