城跡の地図
登山口の地図
林小城
別名
所在地 松本市里山辺
遺構等 石垣、土塁、堀切、竪堀、空堀、
虎口、土橋、説明板
現状 山林
築城年 鎌倉時代末期
築城者 小笠原氏
歴代城主 小笠原
形式 山城
訪城日 2004/5/28
【道案内】

【感想・メモ】
はやしこじょう
【歴史】
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県道63号と県道297号が交差する所を東へと県道297号に入ります。200m程東進して左手に「松本工業高校」・右手に「富士電機」を過ぎ、更に800m程東進して右折すると「岩波酒造」があり、そこから更に山の方へ行った民家の奥にある登山道から登り出したのですが、何故か途中から道なき道を直登というか竪堀を直登することになりました。
竪堀を直登したのだけど、すごく登りにくいというか歩きにくかったので、途中で隣の竪堀へ移動しようとしたら、足をかける場所がなく四苦八苦してしまった。登っていくと石垣が見えてきて、直登で疲れていたのが一気に吹っ飛び、石垣を見つけてははしゃいじゃいました。主郭・二の郭・三の郭と郭の外側は石垣で守っており、特に主郭の石垣は積み方が古いためカーブを描きながら回していて、それがまたカッコいい!主郭には土塁も巡らされているが、草木で見難いのが残念。この主郭の南側は深い堀切で、高さを実感しようと下りてみたら本当にスゴイですぅ!!昔はもっと深かったんだぁと思ったら、こんな山奥に石を積んだり、土を掘ったり積み上げたりした人達を尊敬しだしました。う〜ん命がけだったんだろうけど、やっぱりスゴイ!!
南北朝争乱時に功績を挙げた小笠原氏は信濃守護となり、井川館、林城を本拠として筑摩、安曇、伊那地方を中心に勢力を誇った。その間、小笠原氏は平地の城館である井川城と山城の林城を本拠地として、四周に順次山城群を配置して強固な防衛戦を備えた。林城は谷を挟んで林大城と林小城とに分かれ、更にその周りには本城を囲むように支城が設けられており松本平一帯は小笠原氏の要塞群となっていた。しかし天文17年(1548)塩尻峠の戦いで敗戦の後、天文19年、武田軍の猛攻に自落し、武田氏に破却され廃城となった。