城跡の地図
長岡城
別名 兜城
所在地 長岡市城内町
遺構等 厚生会館に碑
現状 長岡駅、宅地
築城年 元和2(1616)
築城者 堀直寄
歴代城主 堀、牧野
形式 平城
訪城日 2003/7/27
【道案内】


【感想・メモ】
ながおかじょう
【歴史】
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長岡市大手通1丁目の厚生会館の西側に石碑と説明板がありました。「JR長岡駅」から西へ約200m、厚生会館の前には長岡グランドホテルがあります。
最初、よく分からなくて、駅の反対側にある天守閣の形をした郷土資料館が城跡かと思って行っちゃいました。ちょっとした山の上だったので、間違えてしまいました。石碑があるのは二の丸だった辺りで、本丸は長岡駅周辺だったようです。遺構はないみたいなので、これだけ見て帰りました。
戦国時代、長岡一帯を統治する拠点は蔵王堂城であった。慶長3年(1598)上杉景勝が会津移封となると、替わって堀秀治が越後の大部分を支配し、蔵王堂城には秀治の弟・親良が入った。元和2年(1616)、堀直寄が8万石で蔵王堂城に入封した。直寄は蔵王堂城が信濃川の洪水による被害を受けることから、長岡に新たに築城し、城下町を移して長岡藩を立藩した。元和4年、直寄が越後村上へ転封された後、長岡城には徳川譜代の牧野忠成が入封した。