太田城 |
別名 | |||
所在地 | 大阪府茨木市太田1丁目4-12 | ||
遺構等 | 碑、説明板 | ||
現状 | 宅地 | ||
築城年 | 平安時代末期 | ||
築城者 | 太田太郎頼基 | ||
歴代城主 | 太田氏 | ||
形式 | 平城 | ||
訪城日 | 2011/2/12 | 感想 | − |
住宅地の一角に城址碑と説明板があります。フェンスの中にも太田城について刻まれた石碑がありますが、遺構は何もありません。付近は道が狭く、T字で突き当たったりと入り組んでいます。それが城下町の名残のようですが、車では通れない細い道もあったため、車を置いて歩いて探しました。 |
おおだじょう |
JR東海道本線「摂津富田駅」から西へ約1.6km。名神高速道路「茨木インター」から国道171号を1.4km程北東へ進んだ「西河原」信号を左折します。500m程北上し、左手の東芝物流がある角で左折します。そこから100m程東進した右手に説明板があり、この付近一帯が城跡です。 |
平安時代末期(12世紀末)、太田太郎頼基が築いたといわれるが詳細不明。頼基は多田源氏の一族で、「平家物語巻十二」には、源義経と近くの川原条(安威川と西国街道が交差する太田橋のすぐ西側)で合戦したと記されているが、この戦いで敗れたという。 参考資料 『日本城郭大系』新人物往来社発行 『城巡礼』東京地図出版編集部編/発行 現地説明板 |