城跡の地図
水戸城
【感想・メモ】
最初に、薬医門がある水戸第一高校へ。その間に、私でもハッキリ分かる深い堀切跡が2ヵ所。かなり深くて、現在道路と、線路になっていますが、それでも見る価値は十分あり。橋の上から、すっごーい!と言いながら見ていました。薬医門は、高校の正面にあり、普通に学生が校門として利用していたのにびっくり!こんな大事な史跡が校門で、毎日くぐれるなんて幸せな人たちだわ〜。その後、三の丸の空堀へ。ここの空堀も見応えたっぷりで、日に当った芝の緑がまぶしい!
堀切
「水戸駅」から北へ約500m程行った、弘道館・茨城県庁付近一帯が城跡です。
薬医門
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別名
所在地 水戸市三の丸
遺構等 曲輪、土塁、空掘、薬医門、碑、説明板
現状 弘道館、官庁、学校
築城年 建久年間(1190-99)
築城者 大掾(馬場)資幹
歴代城主 馬場、江戸、佐竹、徳川
形式 平山城
訪城日 2005/7/24
【道案内】

建久年間(1190-99)大掾(馬場)資幹が築城した。応永23年(1416)上杉禅秀の乱の際、馬場氏は上杉氏に味方し、江戸通房に攻められ落城した。以後、江戸氏代々の居城となった。天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐後、常陸太田城主・佐竹義宣は、常陸一国54570石の安堵を受け、江戸重通を滅ぼして水戸城を本城とし、城を大改修した。慶長5年(1600)、関ヶ原合戦で西軍に属した義宣は、出羽久保田へ移封となった。慶長14年、家康の11男頼房が、常陸下妻から25万石で入封し、徳川御三家(尾張名古屋、紀伊和歌山、常陸水戸)が成立した。
みとじょう
三の丸空堀
【歴史】