城跡の地図
田中城
別名 亀甲城、亀井城
所在地 藤枝市西益津田中
遺構等 曲輪、水堀、石垣、碑
現状 西益津小学校
築城年 永禄13(元亀元、1570)
築城者 武田信玄
歴代城主 武田、酒井、松平、水野、松平、本多
形式 丘城
訪城日 2003/1/13
【道案内】


【感想・メモ】
たなかじょう
【歴史】
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大手門の石
復元櫓(田中城下屋敷)
国道1号「大手」信号を東へと県道224号に入ります。すぐ道が二手に分かれる(県道30号と県道224号)ので、右手の道へと県道224号をキープします。500m程行くと、右手に「西益津小学校」があります。この小学校を中心に、円形の縄張となっています。
田中城と言えば、全国でも非常に珍しい円形の縄張!小学校にミニチュアがあり、城全体の様子が分かりやすくて微笑ましい。また、田中城の石碑と、田中城大手二之門付近から出土した石垣石が置いてある。学校から少し歩くと、小学校の周囲に二之堀が残り、そこにかかる橋に二之堀の説明板があり、橋の向こう側に、またまた城跡碑がある。他にも、県道30号と県道224号が交差する所にも、立派な城跡碑があった。周辺を歩いて堀を見た後、南東隅にあり、徳之一色城跡でもある「田中城下屋敷」へ。小学校からだと、県道224号を南東に500m位行くと、角に「サークルK」がある交差点に出る。そこを左折すると、その通り沿い左手に駐車場がある。駐車場に、田中城下屋敷についての案内板もある。それによると、H4〜H7年にかけ、かつての庭園を復元し、茶室を元の場所に移築。更に、田中城ゆかりの本丸櫓・仲間部屋・厩・長楽寺村郷蔵も移築復元したとか。入場無料で中は綺麗な庭園公園といった感じ。裏側に六間川が流れ、二階建ての本丸櫓も中に入れる。本丸櫓の二階からだと、庭園などが一望できる。
永禄13年(1570)、武田信玄が徳之一色城を改修・増築した。天正10年(1582)、家康が田中城を攻め、激戦の末開城さた。慶長5年(1600)関ヶ原合戦以後、城主が次々に変わったが、享保15年(1730)、上野沼田から本多正矩が4万石で入封し、以後本多氏が6代続いて明治を迎えた。
田中城ミニチュアと城址碑