奥平館 |
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別名 | 川口殿屋敷 |
所在地 | 設楽町西納庫字羽根19 |
遺構等 | 曲輪、空堀 |
現状 | 宅地、山林 |
築城年 | |
築城者 | 奥平信光 |
歴代城主 | 奥平 |
形式 | 居館 |
訪城日 | 2005/4/3 |
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おくだいらやかた |
奥平館縄張図 原図:石川浩治氏 愛知県中世城館跡調査報告書V(東三河地区)より |
国道257号「名倉小前」信号から800m程北上して名倉川を渡ります。更に800m程北上すると道が少し左カーブになり、川を渡る手前に右手前方に入る路地があるので、そちらへ行きます。この道で名倉川の支流の川を渡った後、右に入る路地があるので右折します。そのまま500m程東進した集落の中の個人宅背後が館跡です。 |
個人宅の裏山に、立派な空堀が巡っています。 |
作手奥平氏の庶流である奥平信光の居館。信光は、戸田加賀守の名で知られている。永正年間(1504-21)、作手奥平貞久の子・左京進貞次が名倉に進出し、名倉松平の祖となった。その後、慶長7年(1602)松平忠吉に従い尾張清洲へ移るまで寺脇城を本拠として名倉盆地を支配した。 |