大平城

西曲輪の堀切
【道案内】
登城口の地図
城跡の地図
新東名高速道路「浜松SA(上り)」の北西約500m。五体力神社参道入口に解説板や駐車場があります。

【感想・メモ】
城への遊歩道があり見所など案内標示もありますが、シダで通行困難だったりあちこち見難いです。5分程登ると出曲輪で、更に5分程進むと大平城址と書かれた石碑があります。このすぐ上が本曲輪で、ここから東西南北の尾根に曲輪が配置されており、堀切で尾根を断ち切っています。広い城域なため、あちこち見て回っていたらかなり時間がかかりました。古いお城で造りは単純です。

【歴史】
南朝方についた三嶽城を本拠とする井伊氏の支城のひとつとして築かれた。井伊氏は三嶽城を中心に南を浜松市の鴨江城、西を三ヶ日町の千頭峯城、東を大平城と、支城を固めた。井伊氏は南朝の後醍醐天皇の皇子の宗良親王を迎え、遠江の南朝勢力の中心となった。大平城の南朝軍と、足利尊氏の命を受けた高帥泰率いる北朝軍の攻防戦は暦応2年(延元4年・1339年)から翌3年(興国元年・1340年)にかけて繰り広げられ、大平城は落城した。
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別名 大退羅城
所在地 静岡県浜松市浜名区大平
遺構等 曲輪、堀切、碑、説明板
現状 山林
築城年 南北朝期
築城者
歴代城主
形式 山城
登城口から主郭まで約10分
訪城日 2008/3/8
おいだいらじょう