阿寺城
別名
所在地 岐阜県中津川市手賀野
遺構等 曲輪、土塁、竪堀、堀切、石垣、土橋、虎口
現状 山林
築城年
築城者
歴代城主 遠山氏
形式 山城(比100m、標560m)
手賀野浄水場から主郭まで約20分
訪城日 2011/12 感想
沢の右手を少し歩き「御嶽神社登り口」案内で渡る
山に取り付いてから15分程で三郭の虎口があり、そこから南に二郭・主郭があります。郭と郭の間には堀切や土橋があって楽しめます。石垣も所々にありました。主郭の一段高い所には御嶽神社が鎮座しており、主郭背後には三重の堀切があります。
【感想・メモ】
砂防ダムを過ぎる
民家の脇道を入る

主郭の御嶽神社

中央自動車道「中津川インター」から南東へ約2km。国道19号「手賀野」信号を南へと県道413号へ入り、500m程南下して中央道を越え、更に100m程南下して県道413号が右折となる所を直進します。100m先で道が二手に分かれる所は左へ進み、800m程坂を上がりながら道なりに南下すると「手賀野浄水場(配水池)」があります。車はこの付近に停め、浄水場の1本手前(約20m)の路地を東へ入り、すぐの突き当りを右へ。南下して砂防ダムを越え、少し先で左手の沢を渡ります(御嶽神社登り口案内有)。渡った斜め左前方から登山道があります。
【登山口】
築城年は不明だが、飯羽間城主・遠山友忠が入城している。友忠の父で苗木城主の友勝が没すると、友忠は苗木城へ移った。天正2年(1574)友忠の子・友重は、甲斐武田氏が阿寺城を攻めてきた際、討ち死にした。阿寺城は、信濃・美濃の国境にあったため、甲斐武田氏の攻撃対象となっていた。

参考資料
『岐阜県中世城館跡総合調査報告書 第3集(可茂地区・東濃地区)』

主郭背後の堀切


【道案内】
登城口の地図
城跡の地図
【歴史】

石垣

あでらじょう
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