岐阜県のお城 きたたかぎけじんや
北高木家陣屋
別名
所在地 岐阜県大垣市上石津町宮235
遺構等 石垣
現状 宅地
築城年 慶長6(1601)
築城者 高木貞俊
歴代城主 高木
形式 陣屋
登城時間
訪城日 2013/7/14 感想
【道案内】 城跡の地図
国道365号「上石津第三トンネル」を南へ抜け、すぐの信号[下多良」を右折(国道365号は直進)、すぐを左折し、道なりに900m程南下した左手(郷土資料館(西高木家陣屋))の北下が城跡で、資料館に無料駐車場があります。
【感想・メモ】
3家の中では北高木家陣屋が一番遺構の保存状態が悪いのですが、旧伊勢街道が東高木家陣屋との境界のようで、石垣が残っています。
【歴史】
慶長5年(1600)関ヶ原合戦前までは関一政が多羅3万石を領していたが、戦後伊勢亀山へ移封となり、替わりに関ヶ原の戦功により高木家が入って陣屋を構えた。本家の西家高木貞利(2300石・元美濃今尾城主)、分家の東家高木貞友(1000石・元美濃駒野城主)、北家高木貞俊(1000石)の3家があり、西高木家の陣屋の東と北にそれぞれ陣屋を構えた。高木三家は大名の格式を許された交代寄合(美濃衆)の旗本で、参勤交替を行い、美濃の水行(治水)奉行の役目を代々世襲した。宝暦4年、幕命が薩摩藩に命じた宝暦治水でも奉行役を命ぜられている。
参考資料
『岐阜県中世城館跡総合調査報告書 第1集(西濃地区・本巣郡)』岐阜県教育委員会発行
『岐阜の山城ベスト50を歩く』三宅唯美・中井均(編)
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