城跡の地図
守山城
別名 二上山城、海老坂城、師子頭城、森山城
所在地 高岡市東海老坂
遺構等 曲輪、説明板
現状 二上山万葉ライン(城山公園)
築城年 南北朝期
築城者 桃井氏
歴代城主 桃井、神保、前田
形式 山城(比250m)
訪城日 2006/7/26
【道案内】


【感想・メモ】
もりやまじょう
【歴史】
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国道415号「伏木国府」信号を西へ入り、道なりに二上山万葉ラインを上がりながら西進していくと、鉢伏山、二上山を過ぎて、大伴家持像から900m程進むと城山手前右手に城山公園用の駐車場があります。ここに車は停め、ここから城山へ上がると城跡です。
比高250mの山城も車でほとんど上まで来られるので、駐車場から5分で到着のラクラク山城です。越中三大山城の1つということで期待してきたのですが、それは見事に裏切られました。城跡は郭跡しかなく、小矢部川を見下ろす付近で真下を見ると段郭が分かる程度です。後は遺構なし。でも、ここからの眺望は素晴らしく、遺構はなくてもかなり気持ちいいです。公園内にはお城の説明板があり、大きな観音様もあります。私が行った時は、国道160号「万葉ライン口」信号から東へ入って城山へ行く道は通行止めでした。でも、こちらの方が山道が短いみたいです。
南北朝末期(1371年)に南党の桃井直常が石動山天平寺の宗徒としめし合わせて、越中守護斯波義将の本城守山を攻め落としたといわれており、創設は相当古いものと思われる。後に神保氏張や佐々成政が在城したが、天正13年(1585)前田軍が攻め落とし、秀吉から賞賜されて前田利長の居城となった。慶長2年(1597)、利長は富山に城を築いてここを去り、以後前田対馬守長種が居守したが、城下の寺院や商工業者は続々富山に引き移り、守山城や城下町は急速に寂れていったといわれる。