白木陣屋 |
別名 | |
所在地 | 河南町白木 |
遺構等 | 石垣、移築現存門 |
現状 | |
築城年 | 万治元(1658) |
築城者 | 石川総長 |
歴代城主 | 石川 |
形式 | 陣屋 |
訪城日 | 2005/1/30 |
しらきじんや |
近鉄長野線「富田林駅」の東側を走る国道170号の「本町」信号を国道309号へと東に入ります。石川、佐備川を渡ってから1km程行った「南大伴」信号を左折して府道200号に入ります。千早川を渡り、750m程東進した「寺田」信号を右折して府道27号を南下します。700m程南下した「白木」バス停の少し手前を左折します。そこから300m程東進すると道が下り坂になるのですがそのすぐ手前左手に長屋門があります。ここが陣屋跡です。 |
この陣屋は、石垣と移築現存門(長屋門)が残っています。門には表札があったので、奥の家には誰か住んでいらっしゃるようです。石垣は長屋門の東側にあります。かなり残っているのですが、草が覆っているのがちょっと残念です。 |
万治元年(1658)、伊勢神戸藩主・石川総長が大坂城番に任じられ、それまでの所領1万石に役知料1万石を河内石川・古市郡内で加増された。そこで、河内の飛地領を支配するため白木に陣屋を設置した。享保17年(1732)、石川総茂は伊勢神戸から常陸下館へ移封となったが、河内の白木領は石川氏の飛地領として続き明治を迎えた。 |