柿城

虎口
2004年に訪れた際は竹薮の山林が残り、単郭に土塁が巡っていました。かつては3つの曲輪から成っていたようで、本丸のみ残っていましたが、当時も山の北側を削っていて心配していました。その後宅地開発が進み、城の一部が柿城跡公園として整備され土塁が少し残っているようです。
【感想・メモ】
JR関西本線「朝日駅」から北へ約150m。開発に伴い城の一部が柿城跡公園として整備されました。
神戸城主・織田信孝の与力である沢木宗政が築城したといわれる。弘治3年(1557)、近江の佐々木六角義賢の家臣・小倉三河守が伊勢に侵攻して千種勢とともに柿城も包囲され落城した。この時、神戸勢は救援に向かうが、その間に家臣・岸岡城主・佐藤中務丞が近江勢と通じ神戸城を奪ったが、程なく奪回された。
【歴史】
【道案内】
城跡の地図
別名
所在地 三重県朝日町柿字西ノ広2557-2
遺構等 曲輪、土塁、空堀
現状 山林
築城年 室町時代
築城者 沢木宗政
歴代城主 沢木
形式 平山城(比20m)
訪城日 2004/12/25
かきじょう
TOPページへ