城跡の地図
三瀬館
別名 三瀬御所
所在地 大台町上三瀬字大戸地
遺構等 曲輪、石垣、碑
現状
築城年 元亀2(1571)
築城者 北畠具教
歴代城主 北畠(長野)
形式 居館
訪城日 2002/12/7
【道案内】


【感想・メモ】
みせやかた
【歴史】
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国道42号「下三瀬」信号から500m程西進した次の信号「上三瀬バス停前」の所に、「北畠史跡」という看板が出ています。この信号を右折すると、道路に案内が出てるのでそれに従うと辿りつけます。館前に、車を停めるスペースがあります。
中へ入ると、三瀬館の石碑と字が消えかかった説明板があります。そして、一段低い所に、北畠具教の胴塚もある。一番下の段から見ると、階段状になった平坦地が、9段くらいある様に見えました。
元亀2(1571)、大河内合戦の後、北畠具教が築いた居館。天正2年(1574)3月、具教は大河内城からここに移り、三瀬御所と呼ばれた。同年11月、信長の策略で、家臣らにより具教は殺害された。その後、織田信雄により、盛清十郎が居城した。