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14〜15世紀初頭、高島七頭の横山・田中・朽木氏のいずれかが築城したといわれている。高島七頭とは、鎌倉・室町時代を通じて高島南部を支配した武士団七家のことで、いずれも近江守護職であった佐々木信綱を祖とする近江源氏の同族である。信綱の孫・頼綱(朽木氏)の二子が分家して横山氏・田中氏を称した。太山寺城は、これら横山郷と田中郷の境界にあり、この付近にあったとされる太山寺は朽木荘に属していた。そのため、この城は三者間の境目の城としての機能を優先していたのか、または横山氏・田中氏のいずれかが詰城もしくはかくし砦として使用していたと思われる。(現地説明板より)
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