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滋賀県のお城 たいさんじじょう
太山寺城
別名
所在地 高島市安曇川町田中
遺構等 曲輪、土塁、堀切、竪堀、石積み、説明板
現状 山林
築城年 14世紀末
築城者
歴代城主
形式 山城(比130m、標330m、Pから比90m)
登城口から主郭まで約20分
石積み
訪城日 2026/3/20 感想
【道案内】 城跡の地図 登城口の地図
安曇川を広瀬橋で南へ渡り県道23号を300m程北西ヘ進んで左折します。2km程南西へ進むと前方に東屋が見え、東屋を過ぎてすぐを左折し未舗装林道を進むと「阿弥陀山」の看板があります。ここが登城口で、看板前が広くなっており駐車できます。
【感想・メモ】
東屋から少し進むと「旧太子堂跡」の看板が左にあり、しっかりした土塁もあるので見学していくと良いでしょう。登城口から最初は阿弥陀山方面へ向かい、途中から太山寺城の案内に従うと15分程で縄張図付きの解説板と鳥瞰図付きの解説板があります。ここから小川を渡った正面が城です。主郭には寺の本堂跡や基壇があり、南東尾根には堀切や石積みが見られます。縄張図には主郭背後に堀切が描かれていますが、堀切はありません。段々に曲輪がありました。登城道や城内は整備され、寺と城の遺構が楽しめます。
【歴史】
14〜15世紀初頭、高島七頭の横山・田中・朽木氏のいずれかが築城したといわれている。高島七頭とは、鎌倉・室町時代を通じて高島南部を支配した武士団七家のことで、いずれも近江守護職であった佐々木信綱を祖とする近江源氏の同族である。信綱の孫・頼綱(朽木氏)の二子が分家して横山氏・田中氏を称した。太山寺城は、これら横山郷と田中郷の境界にあり、この付近にあったとされる太山寺は朽木荘に属していた。そのため、この城は三者間の境目の城としての機能を優先していたのか、または横山氏・田中氏のいずれかが詰城もしくはかくし砦として使用していたと思われる。(現地説明板より)

堀切

ログ

旧太子堂跡

登城口
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