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滋賀県のお城 かしわばらごてん
柏原御殿
別名
所在地 滋賀県米原市山東町柏原
遺構等 井戸、碑、説明板
現状 公園
築城年 江戸初期
築城者
歴代城主
形式
訪城日 2020/3 感想
【道案内】 城跡の地図
JR「柏原駅」から南西へ約800m。柏原小学校から北側を通る国道21号で400m程西進し、「津島神社前」信号を右折し、200m程北上した左手の小公園一帯が柏原御殿です。
【感想・メモ】
小公園として整備された区画に石碑と説明板、井戸があります。
【歴史】
江戸時代のはじめ、将軍上洛下向(京都・江戸間の通行)の際の宿泊・休息目的で、街道の各所に設けられた館のうちの1つで、近江では柏原御殿と野洲の永原御殿、水口の水口御殿を合わせて「近江三大御殿」と称されてきた。天正16年(1588)徳川家康が上洛の際、当地の西村家で休息した。以後中山道通過の際の恒例となっていたが、通過が頻繁になったため、元和9年(1623)、二代将軍秀忠が殿舎を新築した。以後御殿番をおいて守備してきた。その後、徳川幕府の勢力増大につれて将軍上洛は減少し、元禄2年(1689)ついに当地御茶屋御殿は廃止された。家康の頃から約百年間、殿舎新築から65年間の歳月が流れた。この間、記録にあるだけのものを合わせて14回使用されている。元禄4年の記録では総敷地壱町九畝余、その他御守殿跡一畝八歩とある。勝専寺の門が御殿の門と伝えられている。
参考資料
現地説明板
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